大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和51年(あ)192号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

一  弁護人市来誠次の上告趣意は、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

二  しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決及び第一審判決は、次の理由により破棄を免れないものと認められる。

(一)  原判決が認定した事実の要旨は、「被告人は、昭和四九年七月七日施行の参議院議員通常選挙の運動期間中に、東京都千代田区の所有・管理する歩道内緑地帯に立てられていた参議院(全国選出)議員候補者の選挙運動用ポスター(選挙管理委員会交付の証紙付き)二〇枚貼付のプラカード一一本をつぎつぎに引き抜いて路端に放棄した。」というのであって、右事実によれば、被告人の本件行為は、外形上、街頭に掲示中の選挙運動用ポスター(以下「ポスター」という。)の効用を毀損したことになるものと認められる。

(二)  公職選挙法(以下「法」という。)一四五条一項及び同法施行規則一八条によれば、参議院(全国選出)議員の選挙において、国又は地方公共団体の所有・管理する公道にポスターを掲示することはできないこととされ、右の掲示が例外的にも許容されるような根拠規定はない。本件ポスターは、参議院(全国選出)議員候補者の選挙運動者らがプラカードを利用し区道に掲示したもので、ポスター自体を区道に直接貼付したわけではない。しかし、右のプラカードは、既設の掲示板の類と異なり、独立した工作物というよりもポスターを路上に掲示するための補助手段にすぎず、区道利用の実態としてはポスターと一体視すべきものであって、右のようないわゆるプラカード式ポスターの区道上への掲示は、法一四五条一項本文に違反するものと解すべきである。

(三)  ところで、選挙の自由妨害に関する法二二五条が刑法の特別法として重い罰則を規定している趣旨は、選挙の自由と公正の確保にあるとされているのであるから、同条の保護の対象となる選挙運動は、原則として適法なものに限られるべきである。

(四)  そして、本件ポスターの掲示方法の違反は、法二四四条三号によって処罰される行為であり、しかもその違法は選挙の自由と公正を甚だしく阻害するものと認められるのであるから、このようなポスターの掲示そのものを選挙の自由妨害罪の客体として保護するに値するものと見ることは困難であり、右の違法掲示のポスターを撤去したに止まっている被告人の本件行為を法二二五条二号に該当するものとして処罰することはできないと解すべきである。

三  以上のとおり、原判決及び第一審判決には法令解釈の誤りがあって、右の誤りが判決に影響を及ぼし、これを破棄しなければ著しく正義に反することは明らかである。

よって、刑訴法四一一条一号、四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官岡原昌男の補足意見、裁判官栗本一夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官岡原昌男の補足意見は、次のとおりである。

一 本件の選挙運動用ポスター(以下「ポスター」という。)の掲示方法は、多数意見の説くように、公職選挙法(以下「法」という。)上、例外なしに違法なのであるから、本件について、ポスターの掲示に関する許可・承諾の有無、あるいは掲示が適法か違法かが判然しない場合には、一応適法な掲示と推定して保護すべきであるとの議論の成立つ余地は客観的にないものと思料する。

検察官は、「法一四五条一項はポスターを道路上に直接貼り付けることを禁じているに止まり、道路に支柱を用いてプラカードを立て、これにポスターを貼付・掲示するいわゆる間接掲示は同条項に違反しない。」旨の行政解釈を支持しているものの如くであるが、そのような見解は常識的ではないし、また、同条項が、衆議院議員、参議院(地方選出)議員などの候補者の個人演説会用の立札及び看板の類(これらは、本件のプラカード式ポスターと形体、効用において類似する。)の掲示について準用されている(法一六四条の二第五項)ことからみても、そのような解釈の採るべからざるものであることは明らかである。

二 思うに、法は、選挙運動についてすべての者のひとしく守るべき一定の枠を設け、候補者をしてその枠内において自由かつ公正に相争わせることとする一方、その選挙の自由を妨害する者に対しては罰則をもって臨み、もって選挙の自由と公正を担保しているのであるが、このことからみれば、選挙運動が右の枠を外れた場合、その違反が極めて些細なものであるときは別格、自ら進んで選挙の公正を紊し選挙運動の基本理念に著しく背馳するような行為をする者は、選挙の自由妨害罪をもって保護されるに値しないといわざるをえないものであることは、公務執行妨害罪が成立するためには公務の適法性が要件とされるのとあたかも似たような関係にあるものといえる。

三 ところで、もしも、多くの候補者・選挙運動者が法一四五条一項の禁止規定に触れないように文書活動をする中にあって、一部の者が右禁止に反しあえて公道にポスターを掲示するということになれば、附近には同種のポスターが掲示されていないため一層人目を引くこととなるのであるし、しかも当局からの違法ポスター撤去命令が多くは無視され、違法掲示のまま選挙終了まで放置され勝ちな実情に徴すれば、本件のようなポスターの掲示方法の違反は、選挙運動の自由と公正に重大な悪影響を及ぼすものであって、その違法な掲示行為は選挙の自由妨害罪をもって保護するにはとうてい値しないものであり、被告人の行為は法二二五条二号には該当しないものと解する外はない。

四 原判決は、本件のような掲示方法の違法なポスターは、選挙管理委員会が法一四七条に基づいて、又は区が所有権・管理権に基づいて撤去を求めうるに止まり、一般私人には撤去する権限はないということを理由に有罪説を組み立てているようであるが、問題は権限の有無ではなくて、私人が撤去した場合に選挙の自由を妨害したものとして処罰されるのかどうかということである。また、本件のような被告人の行為が処罰されないと解すれば、他派候補者のポスターのみを撤去する者も現われ不公正を来すことになると案ずる論もあるが、もともと処罰されるような違法掲示のポスターの減少することは、それだけ選挙の浄化に資するものと考えるべきであろうし、さらに、掲示方法の適法なポスターを違法なものと誤解して撤去する者の続出を憂慮する点についても、それらの者は、その掲示を違法と信じ若しくは撤去が許されるものと信ずるについて、客観的に合理的と認められる理由がない限り、犯意があるものとして処罰されることになるわけであって、いささかも支障はない。なお、ポスター自体又はプラカードとともにポスターを汚損又は破毀すれば、別個に器物損壊などの罪の成立する場合がありうることは、もちろんであるが、本件についていえば、被告人によって撤去されたプラカード式ポスターは、何等毀損されることなく、約三〇分後に回収されたものであることを付言する。

裁判官栗本一夫の反対意見は、次のとおりである。

本件選挙運動用ポスターは、プラカードと一体をなして東京都千代田区の所有・管理する歩道内緑地帯を不法占拠する状態で掲示されていたもので、多数意見のいうように、これが公有財産へのポスターの掲示を禁止している公職選挙法(以下「法」という。)一四五条一項本文に抵触するものであることは否定できない。

しかし、ポスターの掲示の適法・違法の判断の前提となる事実関係には微妙な面があって、これに伴う法的評価が必ずしも外観上一義的に把握できるとはいえない場合が多く、現に本件でも、通りがかりの学生は被告人に本件ポスターの撤去が許されない旨注意をうながし、東京都選挙管理委員会など関係行政機関の担当者は本件ポスターの掲示が前記法条に違反していないと解釈(本件のようなプラカード式ポスターは、道路そのものに直接ポスターを掲示するものではなく、道路に工作物を設置し、それにポスターを掲示しているのであって、道路に対し、いわば間接掲示の関係にあるから、前記法条に違反しないとする。)しており、法律上撤去権のない第三者の独自の判断による掲示の違法なポスターの撤去を放任するならば、結果的には、適法に掲示されているポスターをも誤って撤去されるという混乱を生むおそれがある。

したがって、原判決の判示するように適法な是正措置がとられるまでの間は、掲示の違法なポスターであっても、一応選挙の自由妨害罪の保護の対象になると解するのが相当である。

してみれば、前記歩道内緑地帯に立てられていた本件ポスター(選挙管理委員会交付の証紙付き)二〇枚が貼付されているプラカード一一本をつぎつぎに引き抜いて路上に投げすてた、という被告人の本件行為が掲示中の選挙運動用ポスターを毀棄したものとして法二二五条二号に該当することは明らかであり、右ポスターの掲示が法一四五条一項本文に違反するか否かにかかわりなく同条三項等の適法なポスター撤去権をもたない被告人の本件行為につき選挙の自由妨害罪の成立を認めた原判決及び第一審判決は、正当として是認することができるので、本件上告は棄却すべきものである。

(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 吉田 豊 裁判官 本林 讓 裁判官 栗本一夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例